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部屋が、あ、荒らされてる・・・!! [思想(仮)]

当時なぜだか理解に苦しみましたが、

陰陽師って一時期ブームになったじゃないですか。数年前に。

僕ああいう時代劇系とか
いまにも裾踏んじゃうみたいな着物系のやつって見ててイライラするので全然興味ないので全然観てないんですけれど、
あれって結局どういうひとなんだろうっていまになってどうでもいいけれどこれみよがし程度に思いやってみたんですね。

それでまあ思うんですけれど、



って、入ってる時点で黒に近いグレーじゃないですか。

でも、陽、とも入っていて、

陰性、陽性、どちらとでも受け取れますよ、みたいなことなんかなーって思うんですねわけわからないですけれど。

ていうか陰陽師って現役で現職なの?
どういう職業なの?
ゴーストバスターズみたいなものなの?
逆輸入みたいな感じ?

別にいいんですけれど、
欲を言えば、

もうちょっと落ち着いてもらいたいですよね。

部屋整理、ライブTとタオルを貯え過ぎとあらためて実感。 [思想(仮)]

たまに平日夕方のニュースを観ていますと、


違法行為が耐えないスポットに行って違法行為をするひとに突撃インタビューして、
で、
注意したら逆ギレされて、

みんなやってんだろ何が悪いんだこのやろー死ねー。


とか言われたりするコーナーがあるじゃないですか。


で、あれでその違法行為をしてる人間にモザイクをかけてる意味がわからないんですよね。モザイクなしにしたらいいと思うんですよ。街頭インタビューならモザイクかけないのにどういう差別なのかという。

まぁそれはさておき、ああいうのでね、日本バージョンだと違法駐車とか違法密漁とか違法密猟とかだと思いますけれど、外国だとほかにもパターンがあるんじゃないかと思ったんですよ。

ガムを吐き捨てまくられる道路に密着とか、


その他の外国的諸外国①
殺人してはいけないのにこの辺に殺人鬼がいるんです。

っつって、殺人鬼が殺人するとこをずーっと撮って、で、帰ろうとしたところを直撃インタビューして、
みんなやってんだろ何が悪いんだこのやろー死ねー。
とか言われて自転車に乗って帰って行ったりするんですよね。


その他の外国的諸外国②
血を吸ってはいけないのにこの辺にヴァンパイアがいるんです。

っつって、ヴァンパイアがヴァンパイアするとこをずーっと撮って、で、帰ろうとしたところを直撃インタビューして、
みんなやってんだろ何が悪いんだこのやろー死ねー。
とか言われてスポーツカーに乗って帰って行ったりするんですよね。


その他の外国的諸外国③
虐待してはいけないのにこの辺に虐待ベビーシッターがいるんです。

っつって、ベビーシッターが虐待するとこをずーっと撮って、で、帰ろうとしたところを直撃インタビューして、
みんなやってんだろ何が悪いんだこのやろー死ねー。
とか言われてミニバンに乗って帰って行ったりするんですよね。




…うん。




なんか違う気がします。

自己PRって自意識過剰みたいなものだから恥ずかしいと思うんです。 [思想(仮)]

最近は日本人なのだけれども日本語のちゃんとした本当の意味を間違えて認識していて赤っ恥青っ恥っていう日本人が多い時代だそうですけれど、それは文系の僕もそうなんですけれど、じゃあ次にあげる言葉はこんな意味なんじゃないかなぁどうかなぁって思うんですよっていう話です。



メニモトマラヌハヤサ


ってよく言いますけれども、


メニモトマラヌハヤサ


ということはその時点ですでに


メニモトマラヌハヤサ


なのであって、

だからその、


ハヤサ


を、見ていないことになるというよりかは見てないというのか、見れない、見れれない…、見られないっていうこと、これすなわち、



アリバイ不成立



ってことになるんじゃないかしら。



先生そう思うの。

『終の信託』って保険のキャッチコピーみたいですね。 [思想(仮)]

さっき今週末公開の映画の一覧で気になった作品をクリックし、出演者を見ながら何となく気になったのですが、








ジェームズ・マカヴォイって役者ね。

このひとね、













ハリーポッターの魔法の名称みたいですよね。














ジェームズマカヴォイーーーーーーーーー!!!














とかラドクリフが言いそう。

yahooの芸能トピックの見出しがどうでもいいことばかりで辟易する以前に誰コイツ状態。 [思想(仮)]

ファーストフードで注文するときにたとえば、


てりやきバーガー


って僕が言ったとしたならば、

店員はにっこり微笑むじゃないですか。


なんか話が違うじゃないですか。



で、話は

てりやきバーガーとナゲ…

って僕が続けるのを遮って、

セットですか?

って聞いてくるのがイラつくんですよ。

っていう話です。
いい加減もう携帯電話を買ったら最初からちゃんとした液晶保護フィルムが貼ってあるようになればいいのにそうならないのがなぜなのかというくらいイラつくんですよね。なんかもうむしろイライラしながら聞いてくる感じ。「どうせポテトとドリンクも頼むんだろ」みたいな魂胆が見え見えなんですよ。

でも僕の注文は、



単品だバカ。



っていうことなんです。


セット頼むなら最初からセットって言うわバカ。


っていう話なんです。


もちろん、セットのつもりで言ったんだけどー、言ったんだけれどー…、みたいなジジイとかババアみたいな客や、最終的にバーガーとポテトとドリンク頼んでそれじゃセットと一緒じゃん!みたいな客があとを濁さ…たたないからそうしているんだということはわかりますよ。だけれども僕も話をいちいち遮られたくないし「セットですか?」なんて戯れ言を聞きたくないから最初に「単品で」って言うようにしてるんですけれど、セットしかアタマにないようなファーストフードはどうかと思いますよ。

どうせなら、


セットで、スマイルとオニオン抜きで。


とかやりたい。
やらないけど。
そんなとこで遊んでる場合じゃないのよ!



なんか話が違うじゃないですか。

『鍵泥棒のメソッド』『アイアン・スカイ』『ボーン・レガシー』『ツナグ』『ソハの地下水道』『希望の国』 [映画(仮)]

a01.jpg鍵泥棒のメソッド
▼入れ替わった人生、大金の行方、そして結婚-その先にはなんと、史上最高に爽快でトキメくラストが待っている!?
●エンドロール終わるまで周りのお客さん残ってた度:人人人人ノ
●観て思ったこととか。
なかなか自分のツボに合うコメディってないもんなんですけれど、これは普通に良かったです。冒頭からおもしろかったし。かと言って、声に出して笑うほどのコメディでもなかったですけど。周りのおばさんらは笑ってましたね。レディースデーだったので。銭湯でのシーンの予告編がガンガン流れている時期は時期的にどうしても大ヒットしたローマの銭湯の映画のパクリかと思っていたのですが(全然違うけど)、( )内でも書きましたが全然違いますねっていうか銭湯の映画のほうは観てないけど。


アイアン・スカイ
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IRON SKY
▼ナチスが月から攻めて来た!!
●エンドロール終わるまで周りのお客さん残ってた度:人ノ
●観て思ったこととか。
おもしろかった。特にオープニングの感じがすごく好き。あ、この映画オモシロそう、っていう期待が湧きました。で、おもしろかったんだけど、こういうバカバカしいことをマジメにやるっていう映画ってホドホドにしないとやり過ぎて時間が長いと飽きてくるんですよね。というわけで後半胃もたれ。テンションをキープするのが難しいと思うわけで、とにかくペース配分が残念です。もうちょい短かったらかなり良かったと思う。冒頭の感じから期待し過ぎてしまった感。


ボーン・レガシー
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THE BOURNE LEGACY
▼ジェイソン・ボーンは氷山の一角に過ぎなかった-。
●エンドロール終わるまで周りのお客さん残ってた度:人人
●観て思ったこととか。
ジェイソン・ボーン3部作に大ハマりだったので、これは期待外れ度ハンパない。何でこんなのになっちゃったかな。ちょいちょい、「ボーンが」、「ボーンが」いうシーンが挿入されますが放り込んであるだけっていう印象。ていうかこっちの主人公はボーンと違って全然普通に結構よく喋るし、そこがもう違和感というか、全然洗練されてるようには見えないというか、入りからして違和感を感じたまま観続けました。これをボーンシリーズと全然切り離して、普通の単体の作品として観るならばまあまあ面白いアクション映画だとは思います。ラストのアクションシーンすごいし。


ツナグa04.jpg
▼あなたがもう一度、会いたい人は誰ですか?
●エンドロール終わるまで周りのお客さん残ってた度:人人人人ノ
●観て思ったこととか。
観る前まで知らなかったのですが日テレ製作の映画なんですね。日テレのロゴが出た段階でちょっと不安になったのを今でも覚えています-。だからか、読売新聞の映画コーナーで一番記事デカク割いて、内容も褒めてあったんだなぁと後から思い出しました。直近の予告編の一個前くらいの予告編(『海猿』上映中の頃)を観たときは、かなり観る気がなかったというか、芝居の寒さみたいなのが伝わってきてたので敬遠だったのですが結局観てしまったところ、その部分の不安は払拭されたけれども、映画としては可もなく不可もなく。ていうかこれ時間長く感じたのでもうちょいコンパクトにしたほうがよかったと思う。導入部分は、あ、なんか面白そうかもっていう気がしたんだけど進むにつれて尻窄み。各々のエピソードのならびも見せ方としてはヘタなように感じました。小説が原作だそうですが、その原作はどういう書き方なのかは知らないけれどこの映画は観てて普通に展開が読めてしまうというか。別にそれでもいいんですけど、内容が内容だから、最後に仕掛けがあってもよかったんじゃないかなぁと思います。個人的に気になったのがデートで映画観に行ったときの半券を取ってあって、で、その半券が映ったんですけど、席が「C-8」だったんですよ。めちゃくちゃ前方の座席じゃないですか。映画館のシーンあったけどそんな激混みっていう映画のシーンでもなかったし、それなのにこんな前方の席取るなんてよっぽど視力が悪いんだなぁと半券を見て思いました。あとあの女子高生、無差別殺人未遂。こわっ!


ソハの地下水道
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IN DARKNESS
▼その暗闇は、やさしい秘密を隠している-
●エンドロール終わるまで周りのお客さん残ってた度:人人人人ノ
●観て思ったこととか。
僕たまにこういうテーマの作品も観るのですが、やっぱりこういう場でちゃんとそのことについて話すっていうのは難しいものですね。書いたところでほとんどコメントがないので。やさぐれますよね。いや、こういう題材をマジメに語ろうっていうブログではないのでこの映画はこのブログには場違いな映画なんですよ。だから話が逸れちゃうんですけれども、この映画も実話だって言うから驚きじゃない!下水道で生活なんて出来ないわよ!臭いし!タイトルにちなんで映画館では地下のスクリーンでの上映で、粋なことしてくれるじゃない!TOHOシネマズ!・・・というのはまあ言い過ぎで、単にあまり動員していないから一番人数少ないスクリーンでの上映だっただけのことなんだろうなぁ。


a06.jpg希望の国
▼それでも世界は美しい
●エンドロール終わるまで周りのお客さん残ってた度:人人
●観て思ったこととか。
邦画でこういうエンターテイメント性のない作品を観るのはかなり久々な気がします。希望なんてカケラもないような全然絶望的な映画。いや、でも僅かな、かなり微かなだけど希望はあったのかなぁ。でも気休めなアレだけど。気になったのは劇中「フクシマのときは~」ってセリフとか結構出てきたけれど出てくるだけ、っていう印象が否めないというか、ただ単にセリフとしてそれを利用しただけみたいな印象を受けました。フクシマの事故があって何年か経って、また地震が起こって原発が爆発したっていう設定の話なわけですが、そこらへん、じゃあどうなるの?っていうところがほとんど活かされてないというか。福島の時の話じゃダメだったのかな。あえてこの設定にした意味がほとんどなかった気がします。長島県ていう、設定がどの地方にあるのかわからない架空の県なので、そこらへんとかもイマイチ見えにくいというか、実在の県とするわけにはいかないのだということはわかるのですが、しかしそこがどうにも違和感というか。島って付けると何かパロディというかコメディみたいな感じにも見えて、全然違う県名のほうがよかったんじゃないかなと思う。ここは個人的に何気に結構強く思ったところ。見応えはあったけど、これでいいんだろうか、どうかなぁ、どうだろなぁっていうモヤモヤ感。

出光興産、て、たまに言ってみたくなる。 [電車(仮)]

この近年、駅で何でも出来るようになってきたというか、
駅一個で何でも手に入るようになってきて便利になってきて、
僕は興味ないけれど
要らないスペースを有効活用して託児所なんかも出来たりして、
セールストークは

駅から直結!

と、いう時代になったと思うんです。

で、僕は思うんですけれど、
電車でドア入ってすぐ横の席に座ると、その真横にひとが立つというか、もたれてしまって、目線の真横にそのひとの腰があるような状態になっていて、


横からの圧迫感を感じる、感じれる、感じられることがある
□ある □ない □どちらでもない □その他(        )


という感じなんですけれど、最近の車両はその圧迫感を感じさせないように間仕切りが高めに設定されているんですよね。ただ、昔の車両はこの座席の間仕切りが低く、空洞があったのちに手すりがあるような状態で、

まるで息づかいまでが伝わってくるようです-

という感じなんですけれど、ようやく近年になって一部に、その間仕切りと手すりの間を埋めるようなカタチで寄っ掛かりガラス的な、濁り仕様のプラスチック板がセットされて一抹の圧迫感を和らげることに成功したわけなんですよ。

で、僕は思うに、

駅でいろんなことが出来るようになったいま、電車でもいろんなことを出来るようになってくると思うんです。新幹線で無線LAN接続が出来るように、各駅停車でも何か出来るようになるのではないかと考えたところ、この濁り仕様のプラスチック板越しに裁判を行うことが出来たり、音声を変えて告白を撮影することだって可能になっても


何ら、おかしくはなく。

それはまるで薄着のような、厚着のような。 [対談(仮)]

-メガネは顔のー?!

イチブですー!

-ということで今回はメガネについて話す回です。

わー。

-メガネという漠然としたテーマですがメガネについてどういうイメージがありますか。

そうですね、僕はメガネかけてないんですけれど、

-はい。

会社に行けばたくさんのメガネに会えますよ。

-そうでしょうね。

たくさんのメガネに囲まれて幸せな人生でした。

-死なないでください。

そうですね。まぁだから何て言うか、またメガネかよ、みたいなことも内心思っている節は否めないですよね。

-メガネに飽き飽きしていると。

責任者が交代して来てみて見たらまたメガネみたいな、役職を上から数えて、第一メガネ第二メガネっていう状態なんですよ。日本がここまでメガネ大国だとは思わなかったですね。

-メガネ大国。

メガネ帝国というか…、うん。ほら、こうして電車で携帯をポチポチしている合間にも隣と斜め向かいに新顔メガネが来てますし。よく「毎日顔を合わせてるのに」みたいなことを言うじゃないですか。

-はい。

顔を合わせてると言うよりもメガネを合わせてるって言ったほうがしっくりくるわよね。ただ僕はメガネじゃねえからメガネを合わせてるとは言えないけれどもね。

-それはでもメガネをかけていないからこそ見える問題かもしれないですよね。

そうなんですよ。髪が長いひとがクチに髪が入っちゃうのをきっと髪が長いそのひと自身よりもこちらが気にするように、メガネをかけているひとのクチにメガネが入ってもメガネをかけているそのひと自身はそんなには気にしないと思うんですよ。きっと。

-メガネがクチに入ることは余程じゃないとないと思いますがでも、メガネは顔の一部です、とはよく言いますが、まさにそういうことなんですね。

そうですね、まぁでも「メガネは顔の一部」という言葉が独り歩きしてしまった感はありますよね。メガネをかけていない側からすればメガネは顔の一部と言うか、メガネは顔の第二章、みたいなところがありますから。

-よくわかりませんが、まぁそうですね。

メガネをかけたことで顔のネクストステージが始まったんだと。

-はい。

でもまぁそれくらいメガネが日本に蔓延…、蔓延っているにも関わらず、例えばメガネを歌う曲とかってないと思うんですよ。「恋人はメッガネ~恋人はメッガネ~」みたいな。

-恋人はメガネかサンタクロースかっていう。

「メガネでも!メガネでも!メガネでも!~一万一回目は-あぁ、メガネかもしれない~」とか「メガネに出会わなければ~」とか「メガネじゃないからーメガネが君を守るから~」だったり「あの日あの時あのメガネ~」みたいな。

-どういう内容の曲ですかそれ。

いくらでも作れると思うんですよ「四六時中もメガネと言って」とか「見つめあーうとーメガーネにーおしゃーべりーできなーいぃ~」みたいなね。

-MEGANEですね。

「新しい君のメガネだ~」とか「離れて暮らすメガネに~」とか「ひとりひとりのメガネたちは~」とか「このまま時よメガネー未来なんて僕はいらないー二人で海を見ていたいーでも僕らはきっとーメガネになってしまうんだろうね~」とか「つないだメガネ離すことはない~」とかいう曲ってないじゃないですか。

-歌詞はともかくとして、言われてみればそうかもしれないですね。

それは何でかって言ったらメガネに憧れるひとが増えて、わざと視力を悪くしようとするからだと思うんですよ。喫煙シーンがテレビドラマなどからなくなったように。

-あぁ、例えばそれは好きなひとが「メガネかけてるひとが好き」って言ってるからそうなろうみたいな感覚ですか?

うん。もちろん視力悪くないけどメガネかけてるひともいるし、けどそういう色メガネで見てるひとは必ずいますよ。

-それはあるかもしれないですね。

だからそういう意味ではメガネ地獄…、メガネの呪縛から必死に逃れようと、スレスレのところでいまのミュージックシーンは成り立っているんだと思いますよ。

-というわけでお時間になってしまいました。

はい。最後にひとつ言いたいのは、メガネをネガティブ化しているように聞こえるかも知れないですが、メガティブっていう感じですね。モルディブみたいな。

-はい。きょうはメガネと日本のミュージックシーンについてお伺いしました。

ありがとうございました。

「お祓いしてきたほうがいいよ」と言われたけど自分が厄年なのかどうかわからない。 [思想(仮)]

あと10分で爆発する…!



とか、



あと24時間以内に倒産する…!




みたいな、ストーリーにタイムリミットを設けた映画があるじゃないですか。
そろそろそういう売り文句みたいなストーリーには飽きてきたというか、でも観ることは観るんだけれど、前にも書いたと思うんですけれど実際にその時間が上映時間にピッタリかかってる映画だったら面白いと思うんですよ。たまーにあるけど。大体のカウントダウンものが爆発までのカウントダウンで10秒前って言ってるのに実質20秒位かかってるような、そういうのを見ると興ざめしてしまうというか、だからカウントダウンが肝のストーリーならば常に画面右下にカウントダウン表示を出しておいて観客と一体化してカウントダウンとかしたらいいと思うんです。想像しただけで寒いけど。けれどももしそうするならば爆発しないと意味がないと思うのでバッドエンドな話になるんですけれどもね。しかしだからだけど説得力ないですがそうしたら切迫感出るやん!て感じだと思うんですよ。


あと、


2時間以内に身代金を用意しないと子供の命はともかくハゲると思え


とかいうストーリーだとしたらば、ハゲていく様がリアルタイムで見られるような、そんな段階に進むべきなんじゃないかと思ったんですよ。


で、


00:01


になって


まるっパゲ寸前!!あぁもうダメだーハゲてしまう…!!


みたいな。



でも寸前でアデランスが現れてハゲスレスレのところで防げた!みたいな。




でもアデランスのことだから実際はハゲちゃってるんですけれど。

ためらいもなく電車の床にカバン置くひとをある意味で尊敬します。 [素(仮)]

ブログを始めて6年目に突入したというところ、初期のブログを読み返しているとやっぱりまだ何を言っているかわからないところもあって勢いで書いてるところなんかは若気の至り…、若気のイタリーを感じたわけなんですけれど、やっぱり考えることは日に日に変わってきているなぁというのは実感したところなんですよ。で、そんな最近の筆者の感覚を言い表すならば、



日曜日のおとーさん



とは昔からよく言うじゃないですか。

あれで思うんですよ。



日曜日のおとーさんは一定、一律ではない



と。


様々な日曜日のおとーさんスタイルがあるであろうに日曜日のおとーさんとひとくくりにしてしまうのはいかがなものだろうかと別に思ったわけではないけれど記事の進行上仕方なく思うことにしたんですよ。まぁあれは何て言うか昭和の時代のことを言っているんだろうなとは思うんです、波平の時代というか。でもいまは一律ではないということに気づかない一部のひとたちがまだ使い続けてるんだと思うんですよ。そんないまの時代に日曜日のおとーさんという言葉が通用してしまうのならば、日曜日のごとーさん、日曜日のいとーさん、日曜日のかとーさんなども通用しても何らおかしくはなく、ここに物議を醸し出すこととする、っていう性格バージョンなんですよね、まぁ。